社会福祉法人わらしこの会
わらしこ保育園
認可園移行暫定ヴァージョン 一部、古い記述がそのまま残っておりますが、お許しください。
わらしこ保育園は、
府中市の最高峰、浅間山のふところにある、
小さな保育園です。
こどもたちは数か月から6歳まで、約70人。
みんな、浅間山でどろんこになって
遊ぶのが大好きです。
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お知らせ
2000年4月、わらしこ保育園は、社会福祉法人わらしこの会「わらしこ保育園」に。 皆様のご支援に感謝します。 |
はじめに
わらしこ保育園は、2000年4月1日、社会福祉法人わらしこの会わらしこ保育園となり、広い窓と木の暖かみのある園舎で認可園としての「はじめの一歩」を踏み出しました。
1982年、数人の有志によって作られたわらしこ保育園は、小さな無認可の共同保育所でした。以来、子ども達が本来持っている“生きる力”を引き出すことを保育の方針として、自然の中で充分遊ぴ、季節にあった自然な物を食し、自然な生活のリズムを大切にした保育を行ってきました。
その様な保育の中で、俣護者と保育者とが、子育ての楽しさ大切さを共に実感し、子どもを産み育てていく上での様々な問題を互いに協力し合って解決していくという関係が生まれ引き継がれてきました。
収益事としてのバザーや、よリ良い文化を子ども達に伝えるための鑑賞会「わらしこ劇場」等、保護者と保育者とが一体となっての企画も恒例となりました。
しかし、無認可保育園の運営には様々な困難がありました。補助金の減額などによる経済的な問題や、旧園舎が住宅地だった為の騒音問題等、園の存続に関わる様な大きなものでした。そこで、わらしこの保育を続けていきたいという思いのもと、OBをも含む保資者、理事、職員がひとつになって「わらしこ保育園の認可をすすめる会」を発足させました。そして、3年間の運動が実を結ぴ認可園としてスタートすることになったのです。
わらしこ保育園では、子どもの、「自分で見る、聞く、感じる、考えるカ」を育てるために自然の中での遊びを大切にしています。
そして、「できるまで待つ」「できたら共に喜ぶ」という姿勢で接することで、子どものやる気や自信を育てていきます。
また、子どもが充分に遊び心地よく過ごすために、食事¥睡眠など生活のリズムを整えることも大切な保育の一つと考えています。
そして、保護者と保育者とが協力し助け合いながら子どもを育てていくことで、手どもだけでなく、大人自らも育っていく場がわらしこ保育園なのです。
わらしこのあゆみ
| 1982 | (昭和57)年 | 府中市天神町のビルの2階を借りて0〜2才の保育施設として開設。園児3名、保母4名。2階のため公的補功対象にならず、すぐに新町に移転。 |
| 1983 | (昭和58)年 | 補功金認定を受ける。定員13名。運営委員会を設置し、経営を行っていくこととする。同時に父母会も発足。共同保育園の形態となる。 |
| 1985 | (昭和60)年 | 定員増18名へ。 |
| 1988 | (昭和63)年 | 定員増24名へ。 |
| 1989 | (平成元)年 | 定員増29名へ。 |
| 1990 | (平成2)年 | 浅間町に移転。任意団体「わらしこの会」を設立し経営にあたることとする。 |
| 1991 | (平成3)年 | 浅間町施設を0〜2才児までのものとし、3〜5才児施設を栄町に設置する。 |
| 1993 | (平成5)年 | 栄町施設を廃止し、浅間町施設で0〜5才児保育を実施。そのことで保育実践の相異、職員間の分裂が生じ大きな転換期となる。 |
| 1995 | (平成7)年 | 騷音問題、家主の事晴、3才以上補助金カットという都の方針等が重なり経営が厳しくなる。認可を目標に対市交渉を重ねる。 |
| 1996 | (平成8)年 | 「認可をすすめる会」を発足させ、本格的に認可活動を始める。 |
| 1997 | (平成9)年 | 定員減28名へ |
| 1998 | (平成10)年 | 市有地の借り受けが正式に決定。 |
| 2000 | (平成12)年 | 社団法人わらしこの会「わらしこ保育園」開園。 |
わらしこの概要
| 【所在地】 | 〒183-0005東京都府中市若松町4-27-5 |
| ・ | 京王線東府中駅下車、バス競艇場前駅行き5分「若松防災センター前」下車、進行方向に歩き、信号を越えたら最初の横断歩道のところを左へ、続いて右へ、みちなり70m先右側。徒歩5分。バスは、8:22 9:32 10:32 11:32 12:41 13:41 14:32 15:32 16:32 17:23の10本のみです。 |
| ・ | 京王線多磨霊園駅下車、バスに乗り、「霊園表門」下車、進行反対方向に歩き、信号を右折、350m先、紅葉が丘文化センターの先を右へ、すぐ左へ、100m先左側。徒歩8分。バスはほぼ20分ごとです。 |
| ・ | 中央線武蔵境駅から西武多摩川線多磨墓地前下車、改札をでて右に、踏切を右に見たら左に曲がり、800m先、紅葉が丘文化センターの先を戻るように右へ、すぐ左へ、100m先左側。徒歩15分。 |
| 【経営主体】 | 「わらしこの会」 |
| 【土地面積】 | 132m2 |
| 【定員】 | 69名(産休明けから就学前まで) |
| 【保育時間】 |
通常保育 8時30分〜17時30分 特例保育 7時30分〜8時30分、17時30分〜18時30分 延長保育 7時00分〜7時30分、18時30分〜19時00分 |
| 【子育て支援事業】 | |
| [子育てひろば] |
子育て相談や、子育てに関する学習会等を開催し、地域にも幅広く開かれた子育て支援を進めていきます。 |
| [一時保育] |
何等かの事情により一時的に家庭での保育に支障が生じた場合、個々のケースに合わせて一時預かリ保育をします。保育時間は、園の開所時間内とし、保育は、経験のある保育士が担当します。 |
わらしこの保育
保育の目標
保育の特色
「三つの力」
考えるカ
心とからだのバランス
生きていくカ
年長児合宿 in 新潟県・松之山町
子どもたちに労働体験を・・・と7年前から始められた松之山での米作り。地元の方々のご協力で田んぼをお借りし、毎年60kgほどの無農薬米を作っています。はじめの頃は田植えと稲刈りだけが主な作業でしたが、それでは本当の米作りのたいへんさが伝わらないのではないかということで、現在は代かき→田植え→草取り→稲刈り→脱穀という行程を一通り経験するようになりました。この合宿は、親元を離れて2〜4拍ほどすごします。自然の中で子どもたちは本当の自分の力、仲問の姿を知り、自分自身への自信を深めていきます。
わらしこ劇場
『子どもたちによりよい文化を!』と始められた「わらしこ劇場」。その時々の児童演劇のなかで最高水準のものを上演してきました。13回の実績を重ね、注目されるイベントになっています。
| <第1回> | 1984年10月 | 劇団風の子「トランク劇場」 |
| <第2回> | 1985年12月 | ガイ氏人形即興劇団「サキと山んば」 |
| <第3回> | 1986年10月 | 清水きよしとピエロ館「マイム・イソップ物語」 |
| <第4回> | 1987年11月 | わらぴ座ひまわり班「日本の歌と踊り」 |
| <第5回> | 1988年12月 | 鬼剣舞「チロヌップのきつね」 |
| <第6回> | 1989年10月 | オペレッタ劇団ともしぴ「きつねの水あめ」 |
| <第7回> | 1990年7月 | 人形劇団プーク「八郎」 |
| <第8回> | 1991年7月 | たまっこ座「こっから祭り」 |
| <第9回> | 1992年7月 | 影絵劇団かかし座「黄金のかもしか」 |
| <第10回> | 1993年7月 | 前進座歌舞伎「牛若丸」 |
| <第11回> | 1994年6月 | 前進座「風のユーカラ」 |
| <第12回> | 1995年7月 | 人形劇団むすぴ座「西遊記」 |
| 1996年 | 「由紀さおり・安田祥子コンサート」後援 | |
| 1997年 | 「イルカコンサート」後援 | |
| 「ロシア民謡アンサンブルコンサート」後援 | ||
| <第13回> | 1998年2月 | 影絵劇団かかし座「二一ルスのふしぎな旅」 |
バザー・フリーマーケツト
年に1度開催される「バザー」「フリーマーケット」。ノウハウを蓄積しながら年々規模を大きくしてきました。「わらしこ」の名を聞いてかけつけてくれるお客さんも増えました。
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